北海道マラソン3 移動編

北海道へは岡山空港からの直行便を利用することにしました。

岡山まではJR特急しおかぜ。

 

このしおかぜの車内で、薬を忘れてきたことに気付きました。退院直後から毎日服用してきた抗めまい薬です。

大会の直前にも服用して備えておこうと考えていたので、これが無いとわかって精神的にかなり不安になりました。

 

「走っている最中にめまいで倒れるんじゃないか」とか「飛行機の中で気分悪くなるのではないか」とか…。

 

でもさすがに取りに帰るわけにもいかず。

出来ることは気持ちを入れ替えるのみ。もうすでに必要のない薬なのだと思うようにしました。

それでも現地で不安になったなら、市販薬でごまかそうと思いました。

 

これまでの大会では、ある一定距離ごとのラップタイムを意識して走ってきました。特に2017年の愛媛では、スタート直後のロスタイム予想と1劼瓦箸陵汁曚箸いΔ理想ペースを積み上げて、ゴール到達時間3時間29分55秒と計算し臨みました。

 

当初、北海道でも3時間30分切りを目標に1劼瓦箸離據璽垢魴彁擦靴討い燭里任垢、練習内容からこれはとても無理と判断しました。代わって、細かく配置された給水所を頼りにつないでいくよう意識することにしました。

 

待ち時間など空いた時間を利用して、コース上での給水所の位置、給水所間の距離などを頭に入れ込む作業に没頭しました。

 

 

 

 

移動そのものは、とくにトラブルもなくとてもスムーズ。

多分、下北半島↓

移動編としてはこんなところでしょうか。

つづきます。


北海道マラソン2 トレーニング編

とにかく夏場は走り辛くて、例年はランも敬遠気味。ちなみに昨年8月の月間走行距離はわずか5劼任靴拭

 

さすがにこんな調子で本番を迎えると地獄を見ることは明らか。

 

退院してから約半月後にゆっくり走ったのを皮切りに、5劼らいの距離を体調を考えながら走ることを繰り返しました。最初のうちは、それほど激しくないジョグ程度の速さで走っても、軽いめまいを感じたり、走ったあとには立っているのがしんどいくらいの吐き気を感じました。他に気になったのは、首の後ろがミシミシと音を立てることでした。この現象は、風邪をひいたり熱を出した後の病み上がりのランのときに感じたことがありました。不安でしたが、いずれは改善されるものと信じていました。

 

事実、7月の中ごろを境に、上記の現象は徐々に感じなくなっていきました。ただし、左目の奥がランのテンポに合わせてミシミシと音をたて、痛みを感じることが続きました。

 

この音と痛みが気になり、速いペースでのランは控えることにしました。本番でもムリをしないように決めました。結局この現象は本番まで改善されませんでした。

 

欲張って、暑さ耐性と持久力を一度に獲得しようと、30℃を超える昼の日中に30キロ走に挑戦しました。しかし、1周5キロの河川敷は2周で、1周2.8キロの池田池は7周で戦意喪失するなど、9回のチャレンジのうち8回が途中棄権に終わりました。

脚に疲労が蓄積して走れなくなるのではなく、気力が萎えて走るのをやめてしまうという感じで、その原因としては体調がよくないのか、あるいは飲んでいる薬を疑ったりもしました。当然暑さのせいもあるかもしれない。この段階では走れない原因がよくわからず、ランのたびに自信を喪失していきました。

 

本番2週間前にして、池田池1周ごとにペットボトルに詰めた冷水をかぶりながら、3時間近くかけてなんとか30キロを完走しました。しかし、これとて果たして脚に効いているのかどうだか疑問で、ただ30キロを走ったという事実を積み上げただけの感じがしてなりませんでした。

ちなみに今年の愛媛マラソンの直前には2時間30分で走っているので、走力不足も明らかでした。

290913.jpg

6月の月間走行距離は60キロ、7月は180キロ、8月の本番までは158キロでした。

30キロが上述のとおり1回、15〜20キロの距離は4回走ったのみで、あとは3〜12キロ未満の短いランでした。

 

本番では、30キロ走ることができればよい方なのかな、と思うようになりました。

 

 

 

 

 

 


北海道マラソン1

ちょっと間が空いてしまいました。

 

当ブログでも記載のとおり、8月27日、北海道マラソンに出場してきました。

 

初めて夏の大会に挑むにあたり、3か月前からのトレーニングを計画していました。しかしながら、不覚にも5月末に入院することになりました。体調の回復とそれに合せたトレーニング、しかも夏場ということで、本来の計画通りにトレーニングを積むことができず、不安のまま本番を迎えることになりました。

 

今、本番を終えて振り返ってみるに、やりきった、あるいは出し切った充実感があるわけでもなく、結果も特筆すべきものではありません。しかし、この大会で、失っていた自信を取り戻すことができ、それまで抱いていた健康不安を払拭することができました。

 

とても実りある大会でいい経験ができたと思っています。

 

せっかくですので、いくつかの項目にまとめて記していこうと思います。

 

 

 

29083106.jpg

 

 

 


アスリートエントリー

郵便物の確認をしていたら、早くも来ているではありませんか!

 

第56回 愛媛マラソン 「アスリートエントリー」のご案内

 

…貴殿は「アスリートエントリー」の資格を有しますので…

これこれ。なんと美しい響きなのでしょう。

 

 

グロスタイムでの3時間30分切り。

客観的に見れば、実現は難しい目標だったと思います。

仮に達成できたとしてもギリギリのタイムになるだろうと予想していました。

 

残り5キロの時点で、グロスタイムでの目標達成は不可能だと計算しましたが、苦しみながらも不思議とあきらめることなく粘り続けたのがよかった。事前の計算に見合う形でギリギリ滑り込みセーフ!!

 

あと10秒遅ければ×だったということで、「(目標達成は)まぐれですよ!」と謙遜して言うと、走っている仲間は「ランニングにまぐれはありません!」と返してくれる。これがまた何とも嬉しい。

 

大会当日のことも含めて、また日を改めて詳しく書くことにしよう。

 

当然、来年も自己ベスト更新を狙うとして、その前に北海道。

 

果たして走り切ることができるのか?自信もありません。

あと40日となりました。もう少し練習をしてみて目標を決めたいと思います。

 

今回は粘りません!!

 


ラン友

ラン友でもあり、永遠のライバルでもあるウチの嫁様の妹は、最近ランニングから遠ざかっている様子。

ウェイトも上げ気味のようなので、ピリッとスパイスの効いたTシャツを誕生日にプレゼントした。

 

機嫌損ねて「ちーがーうーだーろー。違うだろー!」ってどやされる心配をしていたのだが、

ノリノリで着替えてくれて、ポージング!!

 

「やる気が出てきた!ありがとう」って感謝までされた!

とりあえず喜んでもらえてホッとした。

思っていた以上に器のデカい方でした!いろんな意味で…。

 


2014高知龍馬マラソン3

2014年の高知龍馬マラソンの続きです。

 

浦戸大橋に着くまでに、疲労がたまっていることを感じていました。

 

「浦戸大橋を走っている人はほとんどいない、みんな歩いている」という友人の言葉を信じていましたので、この登り区間は歩こうと決めていました。

ところが実際に歩いているのは自分だけ。周りのランナーさんはみんな走っていてすごく違和感を感じました。

緩いカーブで、歩いている自分を正面から大きなズームレンズのカメラが狙っているのが見えて恥ずかしくなりました。

 

 

なんとか橋の頂点を超えて下り坂になると、太平洋の眺望が一気に開けてきます。

昨年に出走していた友人のフェイスブックで見た光景を目の当たりにして感動しました。

 

 

しかし、その感動も束の間。

坂を下り切り、海岸線に入ったところで、だんだんと限界に近づいてきていることを感じ始めました。

中間点の看板が見えて、喜びと不安の混じった複雑な気分に…。

疲労度と残りの距離を考えるとやっぱりブルーな気分になりました。

 

やはりこの辺りでも望遠レンズが自分に向いているのが見えたので、今度は笑顔で力強くガッツポーズを決めました。

これが最後の笑顔となりました。

 

(これ以上は無理!)

耐えに耐えてきましたが、25キロあたりでついに走るのをやめました。

 

堤防を支えにアキレス腱を伸ばしたり、屈伸運動をしてなんとか走ろうと試みますが、長く走れません。

10メートル走って50m歩くの繰り返しになりました。

気持ちが萎えたわけではありません。なんとか走ろうとするのですが、上記のような状況です。

 

まだ15キロ以上もの距離を残して走れなくなった絶望感、追い抜いてきたランナーにただ抜かれる一方となってしまった孤独感にさいなまれました。自分の筋肉は、極めてフツーのものだったと痛感し、勘違いしていた自分が情けなくなりました。

 

笑顔で追いついてきたSさんにも抜かれました。

残りの距離をただただ苦しみ歩きながらなんとかゴール。

 

なんの感動もありませんでした。まだかまだかと思い続けたゴールにたどり着いた安堵の気持ちだけ。

 

結果は、4時間38分でした。

ちなみに中間点までが1時間51分、残りの半分が2時間47分。

 

後日、小出監督の本を読んだ時、「フルマラソンでは、行けるところまで行ってやろうという考えは通用しない…」と書かれた一節があって、まさに自分のことだと染み入りました。

 

2014年、初めてのフルの回想としてはこんなところでしょうか。

2015年へと続きます。

 


2014高知龍馬マラソン2

2月16日。大会当日。

 

高知城を眺めながら会場に向かいました。

 

荷物を預けてスタート地点に。

日影で寒かった記憶があります。

 

 

大通りに移動して、いよいよスタート。

 

初めてのフルマラソンです。

どういうペースで走ればいいのか、さっぱりわかりません。

Sさんと事前に話しをした中で今でも覚えているのは、Sさんは1キロを6分のペースで最初から最後まで走るということでした。

私はというと、いろいろ考えはしたものの結局のところ、それまでに3回ほど出場していた丸亀ハーフの延長と捉えて、そのノリで行けるところまで行ってやろうと考えました。

 

ちなみに2週間前に行われたその年の丸亀ハーフの記録は1時間47分でした。

 

スタートしてからの走り始めは、やはり周りが遅く感じました。

したがって、右へ左へと前のランナーをかわしながら、どんどん追い抜いていきました。

ランキーパーによれば、1劼△燭5分少々のペースと記録されています。

 

Dブロックからのスタートでしたが、それほど走らないうちにBブロックランナーの集団の中にいました。

齢70を過ぎてフル出場歴60回を超える地元駅伝チームOB、近所のO野さんもBブロックからのスタートでしたが、追いついたのは恐らく6劼7劼らいだったのではないでしょうか。

 

「おいちゃん、追いついたよ!!」

 

「おお、きたか!どんどんいけよ!いけいけ〜!!」

 

このエールを受けて、ますます調子に乗りました。

とても気持ち良かったように記憶しています。

 

(はじめてのフルマラソンでこれだけ追い抜いて、俺ってスゴい!)

自分に酔っていました。

 

(もしかして自分の筋肉は特別なのか?)

本気でこんなことを考えていました。

 

(つづく)

 


2014高知龍馬マラソン1

さてと。

2014年の高知龍馬マラソンを振り返ってみます。初めてのフルマラソンです。

仕事でお世話になっているSさんも初めてエントリーしたとのことで、一緒に便乗させてもらうことになりました。

前日、土曜日のお昼にファミマ新居浜インター店で待ち合わせ。

それまでに降った雪により通行止めになっていた高速の高知道は、出発時刻とほぼ同時に解除されて難なく高知入りできました。

 

中央公園での受付を済ませ、ショップを覗いてからお昼ご飯。

 

そのあとコースの下見に向かいました。

 

記念すべきフルマラソンのデビュー戦を迷うことなく高知に決めた理由は、そのコースにあります。

この海岸線を走りたかったから↓

 

もちろん、この海岸線に出る直前に控える浦戸大橋もチェック。

Sさんに「遊園地のアトラクションですか?」と思わずつぶやきましたね。

走りたくて選んだこのコースですが、あまりの距離に少し食傷気味な気分に…。

 

気を取り直して、夜の町で高知ならではの料理を堪能して、本番を迎えることになりました。

 

(つづく)


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